SSブログ

金太郎 ケージから脱走 [日記]

IMG-c_2488.JPG

今日は(5月23日月曜)朝から雨だった。どこかに出かけようと思っていたのでがっかりであるが、ちょうど家全体の片付けの最中でもあるので、これは都合がいいと思うよりない。

 朝早くから片づけをしていて、途中で歯科に行く。最後の虫歯治療だが、奥の歯なので被せを取っての治療だった。いつも思うのだがK先生には劣等生の患者で申しわけない限りだ・・おまけにまた居眠りしそうになるのだった。

 片づけをしていると、雑然とした資料ばかりで、懐かしいものやそうだったのか・・と思うものまで様々だ。そろそろ自分の人生の締めくくりに向かってのスタートなので、必要なものの優先順位付けといらないものを捨てる作業である。

IMG-c_2505.JPG

 昼間に金太郎が脱走した???「あれ!金太郎が・・」妻の声に振り向くと、出していないのに金太郎が妻のそばにいる・・ヨウムは賢いのでケージを開ける智恵があるらしいが、今までも何度かはあるが偶然と思っていた。

 「金太郎、いいこやなあ」なだめすかして掴まえようとするとイヤダヨーとばかりに飛んでいく。仕方なく妻に手伝ってもらって、和室に誘い、しばらくご機嫌を取ってから捕まえて戻した。

 ほっとして数分、また金太郎がケージから出た!!!どうも覚えたようである。ケージの出入りは金属で出来ていて、しかも二重の構造で、上に上げて下のほうも降ろす仕組みなので、こじ開けても開かないのだ。

 また時間がかかったが、何とか戻す。どうも脱走の技を覚えたようである。仕方なく太目のクリップをつけると、ガジャガジャポトンとあっさり落とした。今度は鉄線を巻きつけたが、これだとあけるのに困る。妻が園芸用の金属をトビラに括りつける。しかしどうも食いちぎられそうである・・

IMG-c_2513.JPG

 所用で市役所に行ってから、コーナンに向かう。スプリングクリップ(妻がネット検索で解決策を探したあげくだ)を2個買った。(用心のため大きめのものと小さいものと)これでさすがに開けられないだろう・・

 <ヨウムは賢いので、何度厳重にしてもケージのカギを開けてしまうことが多い。脱走の天才らしい。そしてまたともすると人間がヨウムに使われてしまうので注意すべし?・・一日中でも人間と一緒にいたがる、しつけながら繊細なヨウムと付き合うべし>とある。

 帰宅してスプリングクリップをつけると、すかさず噛みに来た。しかししばらくは大丈夫のようである・・外出のときはもう1個大きいのをつけることにした。ようやく安心である。そしてまた片付けに入った。

IMG-c_2520.JPG

 夕食の後でHIROに行く。雨が降っていたが、気分転換である。昨日のオークスと今度のダービーの記事を見る。Win5が1億5千万の配当だったらしい。わずか6名だ。こうなると組織的に買わないと無理かもしれないが、私は100円で買っていこう・・

 どうも競馬の本命馬は普通だと三着以内、G1だと五着以内が堅い・・だろうか。桁違いに強い馬は別としてだが・・そう思ったほうがいいのではないか・・あるいは人気馬が人気薄の馬を強くする面もあるだろう?だからその時点の予想が間違っているのでなくて、状況が変わるのではなかろうか・・

 馬券は買うと当たらない、買わないと当たる・・それはトランプのポーカーで勝負が終って(降参したとき)伏せてある相手のカードを見たくなる心理、麻雀の先ツモやリーチで上っていないのにドラを先に見るマナーの悪さもそうだがそういうものに似ている。勝負には真摯さが必要なのだ。

 以前、インディアンポーカーをしていて(一枚のトランプを頭に乗せてお互いに勝てるかどうかを予想していく)手札の予想や相手の札を見ての推理をしないで全部勝負する弟子がいて、白けた。こうなるとつまらないのである。

 ポーカーは相手のカードをみたいと思うとチップを積むのだ。途中で負けと思って降参して「本当は何のカードだった?」と知りたくても教えない、見ない・・それがマナーである。当たり前すぎるのだが、そういったことを教わる場も少なくなったかもしれない。

IMG-c_2547.JPG

 今日は片付けと金太郎の脱走の一日だった。

 夜はどことなく金太郎はいい子だった・・自分が悪かったことをわかっているようでもある。

 「ポン」これが妻への歌の催促だ。代わりに私が短くして横着な歌い方をすると「ハア?」と言われる。それでもまた歌うと「バイバイ」と言われてしまった。いい加減な歌はいいよ・・と言っているのだ。

IMG-c_2552.JPG

 あれこれ片付けしているうちに、いろんなものを整理しておこうか・・そういう気持ちも芽生えてきた。自分の思いを残すのでなくて、淡々とあるがままの事実を残すことである・・今は詰め将棋でもコツコツとその分野の創作を始めた。

 村山聖のこともある・・弟子のこともある・・旅のこともある・・そういう中で自分のこれからの方向性を探るのもいいかもしれないと思う。

 生きていくのはバランスだ、将棋で言う「大局観」である。まあ苦しい状況でも飢え死にすることはないだろう・・(そんなに甘くないので先はわからないが・・)私はわりと欲深いので、あれもこれもと望むのだが、手にいれようということでなくて、ささやかな自負心だろうか。

 自分が縁あって関わったことは、きちんとこなしたい・・強くそう思う⇒そう願う⇒そうありたい⇒無理かなあ⇒・・・・・そういうふうにして次第に消えていくのだ。


nice!(2)  コメント(2)  トラックバック(0) 
共通テーマ:blog

この広告は前回の更新から一定期間経過したブログに表示されています。更新すると自動で解除されます。