木曜入門コース 3月10日 [日記]
*木曜入門コース 3月10日
金太郎はメガネ外しが日課である。じっと目を見るとスグにそらす。見ていないようで見ているのが金太郎の目線である。
遊びも一段落して椅子に腰かけくつろいでいる。
この日は「木曜入門コース」だった。Sさんに手伝ってもらうようになって気分は楽になったが、子ども達は慣れてきて?やはり後半は騒がしさが消えないようだ‥
礼儀に厳しいSさんからすると、私の教室は甘いのではがゆいかもしれない?ただし私は基本的に厳しいのは苦手だが、生徒に甘いのも苦手である。淡々と将棋に向き合うのが性に合っている。地声は大きいが声高は苦手である。
指導対局では励ましながら指していく場合もあるが、基本は淡々と指導する。クセや特徴を見抜くのは早くなったのだが、ではどうすればいいかとなるとうまくない‥将棋の場合は自主性が大きいのである。
子ども達を伸ばしたい想いは空回りするものだが、将棋は体験と継続と心ばかりの執念が必要なのかもしれない。
毎回何らかの課題を抱えて終える。まあ基本的には自由放任が私の根底にあるからなあ‥
3月9日水曜日 [日記]
*3月9日水曜日
園田競馬に行く
あっという間に一週間が経つ。年齢を経ると時間が加速するようだ。そして時間の観念も甘くなり、記憶も遠ざかるのが早い‥それはいいことでもあり、さみしいことでもあるかなあと思う。
園田競馬場に行く。少し雨模様だったが、アオサギがカップルでいた。
毎日の勝負の流れがあって、ネットで観戦するのと、現場に来るのは?違う。生の息遣いが大切なのだろうなあ‥しかし馬券になると案外ネットで買っていた方がゲットすることが多い。現場だと知らないうちに熱くなる?せいだろうか。
この日は読みが合わなくて?馬券はさっぱりだった。でも困ったことにこういうほうが、別の勝負で弟子の成績がいいことが多いのである。
運は一人占めできないが、せめてまずまずの公平さがあってほしいものだ?‥でもその運の公平さには量と質が大きくからんでいる気がする。
少しションボリ帰宅する。一年を通じてこういう日は珍しいのである?割と執念深くて貧乏性(割とも性もいらないか)の私は、転んでもタダでは起きない本能が、人知れず海底奥深くにかすかに潜んでいる‥
金太郎がうれしそうに待っていてくれた、これが何よりのご褒美である!と言い聞かす。そそて仕事を始めた。負けると仕事、勝っても仕事である。
金太郎が悪戯を始めた。目を反せないので仕事が遅れる‥逆に仕事を始めると金太郎の悪さが激しくなるようだ?