今年に入って自分の中でも何かのリズムがおかしい。そういう時期もあるのだろうと思っていたが、東日本大震災や原発のニュースが流れて、毎日接していると、自分の内なるボーダーラインの線を越えそうで、気分転換をしなければと思った。

 ニュースを目にする都度、不安がつのる日々である。それぞれの立場で感じることや見方は違う・・それを痛感するが、それも当たり前のことで、その中でも自分自身の関わりが大きく左右するのかもしれない。こういう状況の、ある意味で非常体制のときほど、いいわるいでなくて、判断する方向性だろうか・・地である人間がでるのかもしれない。

  何も考えないで宝塚から中国道に乗り、行き先も決めていなかったが、福崎方面から播但道路に乗った。何となく普段から行き慣れて、なおかつもっともっと行ってみたい方向に走る・・結局、朝来、和田山方面に向かっていた。

 先日、東京から来ていたT後さんは怖い話が好きならしくて、阿吽の呼吸で妻と話し込んでいたが、私とSさんは怖いというよりも苦手だった。でもその中の怖い話で「〇の牧場」が出てきて、知らない間に妻からNという語り部の?Youtubeを見せられた・・

 それらしき地に行って見ようということになった。しかし田舎道を走っていくと、いつしか雪の残っている風景に出会い驚いた。

 この道の先のようで不安と好奇心がわいて来たが、まあ少しだけ行って帰ろうと思った。こういう感じは、普段からよくドライブしているところなのである。

車はここでストップで、これから先は歩いて雪道だ。少しだけ進んだがすぐ戻る。歩くのは無理である。今日はここまで・・私は慎重な上に臆病なのだ。

 

  天気もよくて暖かいのでよかったが、寒いと心細い風景である。

 小学校の分校のようだった。

探索はここまでで、写真の旅に切り替える。いい風景だ。

 お地蔵様に出会うとほっとする。

 明治十三年(1880年)2月18日にこの場所に隕石が落ちたそうだ。

 隕石の記念碑があった。

 広々とした景色が広がる

 昔の建築物、どこかの企業のようだった。

 海鮮せんべいに立ち寄っておみやげを買った。コーヒーは無料サービスだ。

 和田山から朝来まで高速でなく下の道を走る。途中にあった神社に立ち寄る。

 記念碑のようなものがあった。

 交通事故があったらしく、パトカーも数台、JAFの車も数台いた。

 久しぶりのドライブだったが、春休みのせいか車が多く感じた。SAも人があふれている感じである。これからもたまに走って・・気晴らしをしないといけない。

 ☆ドバイWCでヴィクトワールピサが優勝した。二着もトランセンドで、日本勢の快挙である。(ブエナビスタは八着で残念だった)