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買い物に行く [日記]

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 昨日は(11月24日水曜)早起きしてしまった。年のせいだろうか、最近は一度目が覚めると起きてしまう。寝るのも体力がいる・・それを実感する。悩み事が多すぎると、次第に解決不可能の容量がふえてきて、逆に精神状態はゼロに近くなる?

 午前中、小林(おばやし)のいずみやに買い物に出かける。肉や野菜の生鮮食料品を回るのが面白い。知らない間に値段に敏感になっている。高くて手が出せない、これはお買い得、そんな積み重ねが主婦のたくましさなのだろう。最近はおじいさんがひとりで買い物の姿も多くなった。これからの時代は身の回りや食事なども含めて、ひとり立ちできるようにしていないと大変だ・・役割分担がごっちゃの時代になっているのだろう。

 大雑把だが?少し高めでも買ってしまう手っ取り早いコンビニが男の場なら、細かいお金に敏感なスーパーは女性の場のような気がする。どうなのだろうか?私は貧乏でもコンビニ派だったのだが、最近はスーパーが好きである。

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 昼食は竹内三段と一緒にする。それから少し横になった。年齢とともに思考力も衰えを感じてきているが、もともとたいしたことはないので被害は少ないはずだ。いちばん気になるのが記憶力である。こうやってほぼ毎日ブログを書いているのに、昨日のことも忘れてしまうことが多くなった。特にたいしたことをしていないときがそうみたいだ。

 それから決断力、判断力がますます半端であいまいになっている。手際が悪くなっているのだが、これは自信のなさの表れだろうか。間違っていてもがんこ一徹の時代は過ぎて?正しくても平身低頭に謝る・・年代になってきた。私の場合はそうである。もういいか、もういいや、まあいいか、まあいいいや、の精神状態である。期待しないことが身を守る武器となる?

 幼児性をいつまでも持っている人がうらやましくも(自分もそうなのだが)あるが、年齢はすべてのことが薄まっていく中で、すこしだけ秘かに大切なものを守っていく作業なのかなあと思ったりする。無神経が強さの象徴のように打って変わっているような時代ゆえに、よけいに何が大切なのか自分に問い続けていかないといけないのだろう・・ものごとをきちんと見る目が育ちにくい時代だなあと思う・・

 卑怯、意気地なし、弱虫、だらしない、むしろそんな方が感性の時計の針が真ん中に近いような気もするのである。これは私の針がずれているからなのだろうが・・

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 夜はHIROに行く。一昨日は園田競馬で百万馬券が2回出たらしい。「競馬場の達人」の番組でシルクハットが出ていたが、大穴を取るのもなるほどと思わせるものがあった。私はチマチマしか馬券を買わないので大穴は無理だが、でも少しヒントになった?

 ずいぶん昔の話だが?なけなしの金をはたいて最後のレースに期待をこめるが、たいていは無残な結果だ。オケラ街道をトボトボ歩いて帰る。将棋もギャンブルも負けて何も残らない・・心はすさむしふところはカラッポ、今考えるとアホなことをしているのだが、そんな体験がどこかで生きる面もあって、これはまずいと、咄嗟に防衛本能が働き、その雰囲気を感じ取るのである。

 自分で自分のバランスを取って、自分で自分をコントロールする作業は常について回ることだ。真面目でないといけないし、真面目すぎると自滅するし、要するに人間というのは理想形がなくて、ある意味では常に壊されていくものなので、常に自己建設作業が必要なのだろう。ものごとにこだわらない、あきらめるものを持つことも大切なのだ・・ろう。

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 ネットで将棋の上達法についてあれこれ探してみた。入門から上級者までいろいろあるのだが、当たっていそうで疑問を感じたり、いい発想だと思うと経験則が薄かったり、これといった決め手はなきに等しいようである。自分が考えるようなことはすでに誰かが気づいて試していることがほとんどなのだ。

 それでも何かないか・・しつこく考えてみる。自分の力で詰まない詰め将棋を何度も読みの点検するように取り組んでみるのだが、いい知恵があろうはずもない。そもそも特効薬などないのである。それでも何かないかと考える。

 感性と知識のどちらが大切なのか、そもそも将棋の感性とは何だろう?将棋の知識とは何だろう?たとえば棋力初段というが、その根拠は何だろう?意外に分析して行くと曖昧なのである。その点で詰め将棋というのは唯一、答えが存在する分野であるのだ。それでも何となく初段は初段で、漠然とでなくておおまかな実体があるのである。

 また上達というのは、頭で理解しているのでなくて、膚で感じて身に付いているかどうかが急所のような気がするのだ。例えば駒の損得でも、棋力に寄って一歩損すればすでに負けと感じる世界と、一歩の損は何の関係もない世界がある。「棋力のレベルによって最善手が異なる」このあたりからの観点で考えていくのも面白そうだ。


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